ニコ動「歌ってみた」の闇

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(コンコン)

社長「どうぞ」

弘美「し、失礼します……」

社長「どうもはじめまして、私が社長の吉崎です。お話は伺っておりますよ(ニッコリ)」

弘美「あ、ありがとうございます」

社長「それで弘美さん。あなたはこの度、ニコニコ動画で「歌ってみた」を始めたいということですが……」

弘美「はい、そうなんです。今歌ってみたってブームじゃないですか!「歌い手」って言うんですかね。
ホラ、元手もそんなにかからないですし。
私も歌を録音してアップしてみようかなー、なんて。手軽に、気楽に、私の歌をいろんな人に聞いてもらえたらな、って……」

社長「ほう、手軽に……」

弘美「ええ、私こう見えても、学校の音楽の評価はよかったんです。友達とカラオケ行っても上手いって言われるし。
だから、ネットで歌を投稿すればたくさんの人に聞いてもらえるのかなって」

社長「なるほどなるほど、それは結構なことだ……」

弘美「はい!ありがとうございます!
それで、まず●●さんの曲とか△△さんの曲を歌って、専属のMIX師さんを探して、それから……」

社長「いえ、結構です。大体のことは分かりましたから」

弘美(エーッ!ここからが本題だったのに!)

社長「さて弘美さん、とりあえずあなたが歌ってみたを投稿したいことは分かりました。そしてそのコンセプトも理解できました。お歌が上手いんでしたかね。結構なことと思います。けれど」

弘美「……けれど?」

社長「あなた、どうやって再生数・マイリスト登録数、及びお気に入り登録ユーザー数を集めるおつもりですか?」

弘美「え……?」

社長「例えば今歌ってみたが人気になっているとはいえ、既にあなたと同じように「歌い手」に憧れる人が大量に溢れている。完全に飽和しきっているんですよ。今さら『歌ってみたやります~』なんて投稿を始めたところで誰も見向きしない。そんな中あなたはどうなさるおつもりで?」

弘美「!!……それは、地道に歌って投稿していって、それで……」

社長「地道に投稿、ねえ」

弘美「そ、それだけじゃなくて!ちゃんと、ツイッターやmixiを使っていろんな人と絡んだり、他の歌い手さんともコラボなどもしたりして、そうやって少しずつ……増えていけばって……」

社長「ほう、他の歌い手との交流!それはいいですねえ。結構結構……」

弘美「あ、あと!そう、ブログも定期的に更新したり、ニコ生で歌枠もやってリスナーさんやファンの人たちと交流して、そこから人脈を広げて……うん、そういう風に考えています!」

社長「……おかしいとは思いませんか」

弘美「え?」

社長「あなたは最初に『手軽に気楽に歌を投稿』と仰った。それなのにどうして、そのようにして再生数を稼ぐためのメソッドをあれこれ頭に思い浮かべているのです?」

弘美「そ、それはあなたが!あなたが私に聞いたからであって」

社長「まあ確かに誘導した部分はありましょう。
けれどね、私が少しばかり水を向けただけで、そうやってポンポンと再生数やお気に入り登録数アップの手段を口にすることができたのは、やはり以前から再生数やらお気に入り登録数に関してあれこれ思いを巡らせていたから……ですよね?」

弘美「それは……!」

社長「いえ、何も私は再生数を欲することを咎めているわけではありません。人間誰しも、自分の動画へのアクセスは欲しいですものねえ」

弘美「違います!私は再生数とかお気に入り登録数なんて欲しくありません!ただ、歌いたいものをちょっとだけネットで歌いたくって、それで……」

社長「ほう、それだったらわざわざネットで歌わなくても、あなた一人で歌いたい歌を好きに歌っていればいい。違いますか?」

弘美「……」

社長「結局ね、ネットの世界で何かを喋りたい、あるいは歌いたい、そんなことを思った人間というのは、自己顕示欲の塊なんですよ。じゃなければニコニコなんか見ませんよねえ。ブログやmixiを始める人もだいたい似たようなものです。
そういう人がそもそも『再生数なんていらない』という方がおかしいんじゃないんですか?」

弘美「それは極論です!
たとえ多くの人に見られなくとも、ごく限られた『私の歌を好きになってくれる』人にだけ動画を見てもらうことで満足できる人もいるはずです!そういう人にとっては、大量の再生数やマイリスト数なんて邪魔でしかないはずですよ!
私だって、無差別に再生数が欲しいわけじゃあ……」

社長「じゃあ、その『私の歌を好きになってくれる』人、というのは、いつ、どこからやって来るのですか?
顔の見えないネットの世界で、訪れた人が『私の歌を好きになってくれる』人だなんてどうやって判別するのですか?」

弘美「そ、それは、コメントやツイッターとかで、少しずつ信頼関係を築いていって、その中で……」

社長「それはブレてるなあ」

弘美「ブレ、てる?」

社長「あなたの言ってることが本音だとしても、それをどうしてネットの世界でする必要があるのですか?
あなたが、『私の歌を好きになってくれる』人にだけ何かを伝えたい、相手が本当に自分の歌が好きかどうかは自分で確かめたい……そんなことをもし本気で仰っているのなら」

弘美「……」

社長「現実に顔の見えるご友人などとカラオケに行けば十分に足りることなんじゃないですか。そして既にあなたはそうなさってるじゃないですか。違いますか?」

弘美「それは詭弁です!現実の知り合いだけじゃなくて、もっと知らない、いろんな人に自分の歌を聞いてもらいたい、いろんな人と仲良くなりたい、そう思うことだってあるかもしれないじゃないですか!」

社長「だから、それが自己顕示欲なんでしょう」

弘美「違います!情報発信です!!」

社長「ハハ、モノは言い様ですね。でも、情報を発信したのだったら、それこそ沢山の人に動画を見てもらって取捨選択させるべきだ、と私などは思いますけどね。
それに、そもそも何回投稿しても再生数が100もないような動画にあっては『私の歌を好きになってくれる』人もクソもないでしょう。
どんな人であれ、まず来てもらう、動画を見てもらう、そして判断してウォッチリストに登録してもらう……全部はそこから始まるんじゃないんですか?
あなたは貝のように耳を閉じて、自分の歌いたい歌だけを叫び続けることになるんじゃないですか?違いますか?」

弘美「そんなこと言われても……別に私は安易にニコ動で好きに歌えればと思って、それで……」

社長「お黙りなさい!」

弘美「!!」

社長「いいですか、結局は数なんですよ、全ては!
あなただって自分の歌うこと、発信することを沢山の人に聞かれたいんでしょう?そうに決まってます。でないと公衆面前の代名詞たるネットで何かを発信しようなどと思うはずもないですものねえ」

弘美「…そう、かも…しれません」

社長「よろしい。そこで具体的な再生数アップの方法ですが、あなたは先ほど『他の歌い手とツイッターで絡む』『ブログやニコ生で人脈を広げる』などと仰ってましたが、はっきり言って無駄ですよ、そんなものは。そんなことをしてもせいぜい10人、よくて20程度人数が増えるだけですって」

弘美「ど、どうしてですか?」

社長「考えてもごらんなさい。たいていの歌い手ってのは自分がチヤホヤされたい、自分がいちばん可愛いと思ってる集団です。自分が動画を上げた時なんか執拗に1日に何回も何回もツイッターで宣伝しますでしょう」

弘美「それはおかしいです。歌い手さんのツイッターをのぞいたりしますが、他の歌い手さんの動画も宣伝したりマイリストにいれてるじゃないですか!」

社長「歌い手は『横のつながり』が全てですからねえ。実際は全く歌を聞いてないのにかかわらず『すごくいい歌声!聞き惚れちゃいました』なーんて言っちゃう歌い手も存分にいるんです。結局自己本位なんですよ歌い手は」

弘美「で、でも!じゃあランキングとかの上位にいる人たちは、一体どうやって再生数をあんなに増やしてるんですか?!

社長「ええ、勿論誰にでも『初めて』はあります。そこに例外はない。だからこそ誰もが、<いつかは自分も●●たみん、そ●る、9●猫クラスの有名歌い手になれるかも…CDとか出せちゃうかも…>などと思い、動画を投稿するわけですしね。

けどね、ああいうのは結局ごく一部なんですよ。あなた、ちゃんと見てますか?カテゴリランキング上位に位置する動画達の下には、数千数万の大量の動画がひしめいている現実を。」

弘美「いや、それは……」

社長「確かに彼らを見てれば野望を抱く気持ちも生じましょう。
え、普通の一般人なのに、私達とあまり変わらないぐらいの歌声なのに、なんでこんなに再生数が多いの?じゃあ自分も!…ってね。
所詮アマチュアの素人。私自身も、様々な動画が、その内容に大きな差異があるとは思いませんよ。
しかし、成功する歌い手は大抵『何か』があるんですよ。何かが」

弘美「何か?」

社長「そう。下ネタ、馴れ合い、過剰な宣伝、炎上、有名人からのおこぼれ、釣り……素因は様々あるでしょう。炎上は、まあ結局活動停止に追い込まれるのがほとんどなのでここでは置いておきましょう。
まあ、とりわけ強いのは下ネタと馴れ合いでしょうか。下ネタの訴求力は相当なモノがありますからねえ」

弘美「でも、下ネタって、具体的に何ですか?!」

社長「簡単ですよ。『私の動画が再生10万行ったらツイッターでおっぱい出します☆』と名言する、それだけですよ」

弘美「そ、そんなこと!」

社長「選択肢の話です。やれ、と言っているわけじゃない。
今までは歌い手は顔出しをするケースがあまりなかった。だから可愛い声の歌い手が顔を出すなんて言えばそれはもう大量の人が集まったものです。
しかし今や歌い手のライブは頻繁にあり公式生放送でもよく歌い手が出ることから、有名歌い手が顔を出すなんてことは珍しくなくなりました。
それどころか最近は高い容姿レベルを要求するリスナーも多く、いくら歌が上手くても顔がそうでもなければフルボッコなわけですよ」

弘美「だったら、一体どうしたら!」

社長「大手歌い手からのリンクですよ」

弘美「おお、て……!」

社長「そう、フォロワーが数万、数十万といる有名歌い手から、『この歌い手さんホント大好き!歌めっちゃ上手い!』と動画のリンクを貼ってツイートもらいなさい。それだけでフォロワーのファンが一気に動画を再生し、人数を稼げるのです」

弘美「そ、そんな方法があるのですか!」

社長「何の苦労もせず、一気に大量に再生数とお気に入り登録数が増える……どうです、これは愉悦ですよね。

まあ簡単には貼ってくれないでしょうからある程度裏での糸引き必要ですがね。幸いあなたも女性だ、本気を出せば有名男性歌い手を色気で落とすことも可能でしょう?男の歌い手なんてものは『いかにしてファンの女を抱くか』しか考えてないのです。脳とチンコが直結していますからね。

結局、この世界でのし上がろうと思うのであれば、大手からのおこぼれを預からずしてのし上がることができないんですよ。ここでの大手とは、そうですね、ウォッチリストのお気に入り登録数が1万以上の歌い手を指します。

いいですか、再生数、それは力です。動画を見る人だって、その多くは再生数やマイリスト数を見ているものです。

『この動画はこんなに再生数多いんだから、きっと面白いんだろうな……』
そう思う心理、これはないとは言わせませんよ?」

弘美「ああ……あああ……」

社長「そして固定ファンが集まれば、一見さんがふと動画を見にきた時に
『おや?この歌い手誰だろう、名前聞いたことないけど、こんなに再生数が多いんだったらきっと上手いんだろうな……』
と錯覚し、いつしかマイリスト登録する、そういう現象な確かに存在するんですよ。
もちろん、ある程度の内容が確立していなければ論外ですがね。
まあ実際、歌のクオリティなんてどこも似たり寄ったりなんですよ」

弘美「ウッ、ウッ……じゃあ、私はどうすれば……」

社長「委ねなさい」

弘美「えっ?」

カタ、と音を立ててテーブルの上に落とされるホテルのカードキー。

社長「私のフォロワーの人数は760000人です」

弘美「な、ななじゅうろく……」

社長「今回、特別に『あなたの動画だけ』、私のツイッターでさんざんに褒めてリンクを貼ってあげましょう。そうすれば初日から10万再生も夢じゃない。オイシイ話でしょう?」

弘美「……」

社長「ただ、その代わり」

弘美「分かってます。私も、この世界に入った時から覚悟はできていました。さあ、行きましょう、社長」

その言葉に吉崎はにやりと笑った。

しかしそれも一瞬のことで、再び笑顔を取り戻すと、では、と呟き弘美に退席を促す。

ごく自然な動作で、彼女の臀部を愛撫しながら――。

【おしまい】

※この話はフィクションです。実在する動画・歌い手とは一切関係なく、それらを誹謗中傷する意図はありません。
あるいは、どこにでもあるようなお話です。

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