ネット上は弱者でいたほうが得しやすい件について

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Illustration from : http://www.hopstep.tv/illust/

 

ネットによくいる「強い弱者」について

幼い頃から「弱いものいじめはダメ」「弱きをたすけ、強きをくじく」を絶対的なものとして育てられてきた俺たちは、弱いものを守って強いものを駆逐するという意気込みで生きてきた。

それが伝統的な”出る杭は打たれる”というところにもつながると思うし、皆仲良く・皆平等にというものを掲げてきた。

でももちろん世の中は全然平等なんかじゃなく、勝つ人がいれば負ける人もいて、
強い人がいれば弱い人もいる。

で、なぜか弱い人はそれが我慢ならないから、その状況を「不平等」だと訴え、強い人に対して平等を求めて攻撃する。

 

つまり、「弱いもの」でいる限り自分は攻撃されることはないし、むしろ社会的に守られて、堂々と「強いもの」を攻撃できる。
このように、弱い立場を利用して文句を垂れ流す人というのが、特にネットには増えてきたように思う。

 

例えば、

「ブログで今月100万PVいきました~wwwウェ~イwwww」

という記事があったとして、
すごいという羨望ももちろんある中で、「そんなことわざわざ言わなくていいじゃん」「調子に乗ってる。何様?」など、やっかみや批判というのもきやすくなる。

一方、

「今月も全然でしたw1か月でやっと1000PVです」

という記事の場合、
応援や同情や共感こそ来ることはあれど、「てめえの記事がつまんないからだろ努力しろや」的なコメントはまず来ないでしょ。

それは、そんなコメントをしたら今度はコメントした本人が叩かれることがわかっているし、
最初に書いた”弱いものいじめは悪”という不文律のもとで皆が代わりに攻撃してくれるから。

ブログのPVだけじゃなくてニコ動の再生数などでも同じことが言える。

 

 

だからみんな弱者になりたがる。

 

 

とにかく自分を卑下して自虐して、苦しんでます悩んでますアピールさえしておけば、それを盾にして言いたいことが言えるからね。
そこに対してちょっと反論でもされようものなら「ひどい!」と被害者ぶって周りに助けを求めることができるからね。

どんなに周りにとって有意義なものでも、一言「私が傷つくのでやめてください!」って言えばもうそれ以上手を出せなくなるもの。
要は打たれ弱い人達なのかな、と。

 

弱者は叩くに限る

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photo credit: Leonard John Matthews via photopin cc

 

本物の弱者は別だが、「弱者の立場にたってそれを利用して好き放題言ってる」ヤツはどんどん叩いていいと思う。思うし、実際俺は叩いてるほうだと思う。
自分が叩かれたくないからって弱い面をさらけ出して、自分の思い通りに事を運ぼうとするのは一種の暴力でしかない。

小説家・三島由紀夫もこのように語っている。

強者の弱者に対する態度は、生物界には一つしかないのです。それが「弱肉強食」であり、もっと上品な言い方をすれば「弱い者いじめ」であります。

諸君の友達に一人、自殺志望者がいるとします。彼が或る日、青い顔をして、フラリと君をたずねて来ます。

「何だ。また自殺の話か。」

(‘A)「そうなんだ。僕はもうこの過酷な生に耐えられない。」

「バカヤロウ。死ぬなら早く死んでしまえ」

('A)「そう簡単に死ねればこんなに悩まないんだが」

「死んじまえ。死んじまえ。何なら、僕の前で毒でも呑んでみないか。僕はまだ、服毒自殺って言うのを、見たことないから、ここで一杯やりながら、ゆっくり見物するよ」

(‘A`)「君なんかに僕の気持ちはわからんよ」

「わからん奴のところへどうして来るんだ」

そのうちに君は、こいつが、ひたすらいじめてもらいたくて、君のところへ姿を現すのに気が付きます。そこで頬桁の一つもパンと張ってやって、

「貴様みたいな閑人と付き合うヒマはねえや。出てゆけ。もう二度と来るな。」
と追い出してやります。でも大丈夫。死ぬ死ぬというやつで、本当に死ぬのはめったにいない。彼は命拾いをし、君は弱い者いじめの楽しみを味わい、両方の得になる。
しかし、こういう場面になるとわれわれはなかなか颯爽とは行かず、下手に同情して相手の自惚れを刺激し、己惚れた挙げ句に彼は本当に自殺し、君は後味のわるい思いをするという、両方の損になる場合が多い。

【参考】弱い者をいじめるべし

 

世の中が民主主義であり勝ち負けがいる以上、負けた者はその屈辱を味わわねばならないし、負けたくないなら必死で努力して次に勝たないといけない。
そんな努力を怠った上で、平等とか公平とかいう言葉を持ち出すのは負け犬の遠吠えでしかない。

確かに、のっぴきならない事情というのもあるし、頑張って頑張ってもどうしても負けてしまったというケースもあるかもしれない。
それでも社会は、特にネット内は、弱者に対して優しすぎる風潮があるんじゃないかと思っている。

 

もし誰かが自分に欠けた何かを持っていることが少しも苦しくなかったら誰もそれを得ようと努力しないわ。苦しみたくなければその何かを得るか、自分の価値観を変える必要があるのよ。

でも、その苦しみの解決を自分でなく他人に任せようとすると、「幸せな人は幸せそうにしているだけで不幸な私を傷つけるので一生黙っててください」というようなクレームをしらみ潰しに繰り返すしかなくなるのよ。

【参考】ネットの進化とともに増加する”繊細チンピラ”とは?

 

打たれ弱くて甘っちょろくてちょっと小突かれたら子供みたいにギャーギャーわめく、そういう人達が大嫌いという記事でした。
人はもっと強くあらねばいけないと思うよ。
自戒の念も込めて。

【おしまい】

 

繊細チンピラの記事は面白いし的を射ているからオススメ。