金曜の夜。いわゆる「華金」。
突然予定が空いた。
彼氏からの急なキャンセルのLINEはいつものことだ。
私は一人、都会の夜のバーカウンターで金曜の夜を過ごすことになった。
昔一度だけ男友達に連れてきてもらったことのある店。
まだピークには時間が少し早いのか、席に余裕はあり、
くたびれたサラリーマンや年配のカップルでぽつぽつ席が埋まっているぐらいだった。
・・・
外資系の企業に勤める彼氏とは、最近明らかに週末を共に過ごすことが減った。
会う約束をしていても、それが突然キャンセルになる、ということがよくあった。
「大きなプロジェクトのメンバーになり仕事が急激に増えた」
彼氏の言葉だ。
でもそれがどこまで本当なのかはわからない。
彼の仕事のことを詳しくはよく知らないけど、
付き合って4年間、今までそんなことはなかった。
ひょっとしたら、私にもう飽きてしまったのかもしれない。
他の女性と会っているのかもしれない。4年といえば、飽きがきてもおかしくはない年月だ。
それでも私と会う時は、毎回のように体を求めてくるのに。
体を求めてくるんだから、それは私のことが好きだからだと自分に言い聞かせるかのように、私は思ってきた。
・・・
40分後
2杯目のカクテルを飲み干した。
お酒は弱くはない。
でもこんな金曜の夜、寂しい1人の時間は、まるで体がわざと酔いに包まれたがっているかのように簡単に世界が歪んでしまう。
と、そんな時、見知らぬ男性が私の隣に座った。
「彼女と同じものを」
バーテンにそう告げた後、彼は足を組み、私の方を見て微笑んだ。香水の香りをかすかに漂わせる男だった。
私も微笑み返す。酔っていたのかもしれない。
彼の名は浩一といった。私より7つ年上の32歳。
27の時に勤めていた大手広告代理店を辞め、フリーのライターになった。
浩一は落ち着いた低い声で私に言った。
「おひとりなんですか?」
「ええ、今日はひとりで」
私が煙草を手に取ると、彼はすっとライターを差し出した。
「こんな夜に、あなたのような綺麗な人がひとりだなんて、何かありましたか?」
「いえ、特に。いつもと変わりませんよ」
「信じられないなあ。あなたが週末に1人で飲んでるなんて」
「あなたこそ、おひとりなんですか?」
「家に帰れば妻も子どももいますよ」
私はなぜか少し気が楽になった。
1時間後
どれぐらい飲んだだろうか。
突然、浩一が言った。
「知ってる?
セックスの満足感・高揚感と、愛の深さは反比例してるんですよ」
いつの間にか、2人は肩が触れ合うくらいに体を寄せていた。
彼が私の手を握り、私は彼の指先を爪で弄ぶ。
「どういうこと?」
「セックスが義務的になってしまった時点で、ぞくぞくと興奮するような胸の高鳴りはなくなる。
長く付き合ったり同棲したり結婚生活を送ると、セックス自体がつまらないものになってくる」
確かにそうかも、と思った。
4年付き合った彼氏に抱かれていても、その瞬間は性的な快感を覚え、彼氏に愛情を抱いて愛おしいとは思うものの、付き合い始めたあの頃のようなドキドキする胸の鼓動は感じない。
その間、私も何度か勢いで一夜の経験もした。
確かに胸の高鳴りは、あった。そのときは。
「愛が深くなるにつれて、セックスは義務になる。
だったら、愛の無いセックスこそ、最高の快楽じゃないかな」
暴論だ、と思ったけど、それには言い返せなかった。
私自身、ツイッターで出会った男性と初対面でセックスするということを何度か経験した。
そこに恋慕の気持ちはない。性的な欲求だけだ。だからなのか、とても満たされた思いをした。
浩一はグラスの氷を指で回しながら、私を見つめた。
もしかしたら、彼氏だってそうなのかもしれない。
月に数回の私のセックスはもはや義務。あるいはただの習慣。
ふたりの仲が始まった頃の激しい高鳴りや快感はもうすっかり失せてしまっているのかもしれない。
私がそうであるように。
「セックスで愛を感じる、それも素晴らしいことだと思う。
でもね、女性ならいつでも高鳴りを大切にしなくちゃ」
指が絡み、
息が絡み、
視線が絡む。
「今の僕たちの関係は、もしかしたら一番いいんじゃない?
愛のしがらみなんて何もなくて、後腐れもなくて」
「うん、そうかもね」
私は一言そう言うと、マティーニを勢い良く飲み干した。
「でもね、あなたじゃダメなの」
「どうして?」
「あなたは、私のことを受け入れられない。きっとね。
私みたいなの、相手にしちゃいけないわ」
「どういうことだい・・・?」
「私は、フォロワーが5桁いるツイ廃なのよ」
私は席を立ち、呆然とする浩一に一瞥をくべることもなく店を出た。
なぜだろうその時僕は、その光景をとても美しいと思った。
【おしまい】
※登場人物紹介
くたびれたサラリーマン:dai