See from the two direction.

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Direction ①

特に何でも無いこんな日に、彼女が「二人が付き合い始めた場所に行こう」だなんて言うから、多少なりともおかしいとは思っていた。

「これ・・・」

彼女のその小さな手に握られた、もっと小さな銀の輪っか。
僕が以前、彼女の誕生日にプレゼントした指輪だった。

「・・・どういう意味?」

「何も言わないで、受け取って欲しいの」

・・・2人の間に沈黙が訪れた。
返された・・・?そ、それって・・・
認めたくはない。絶対認めたくはないけれど・・・そういうことなんだろうな。

 

「頑張ってね・・・」

「い、いや・・・」

せっかくの重苦しい沈黙を破ろうとした彼女の発言を、僕は許そうとしなかった。途端に遮ってしまった。
その先に出てくる言葉を、聞いてはいけない気がしたのだ。

 

頑張って?何を?新しい彼女を探してとでも言うつもりか?
いや、違う。彼女のことだ、「夢を叶えてよね」、だなんて繋ぐつもりなのだろう。

夢。

これがきっと原因なんだろうな。

僕は自分の夢のために、彼女をそんなにも傷つけてしまったのだろうか。きっとそうなのだろう。自分でも知らない間に。
確かに最近、彼女と会う機会はめっきり減っていた。

 

「・・・ごめん。でもさ、お願いだから、そんな可哀想な目で俺を見ないでくれよ。俺はピエロなんかじゃない」

ここでこんなことを言ってしまう自分がいっそう情けない。
でも、ヘタクソでも気丈に振る舞わないと。例えばここで大泣きしてすがってしまってもそれはやっぱり違う。
なんというか、彼女の中での最後の自分を、せめて少しでもカッコよく締めくくりたかったのだ。

彼女は去っていった。
僕は指輪を眺め、それを強く強くギュッと握った。

その小さなリングから、今までの思い出があふれては消えないままに、大きな悲しみとなって僕の心に広がっていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Direction ②

特に何でも無い平日の昼間に、ほとんどパジャマみたいな部屋着のまま公園のベンチに座っている自分を、多少なりともおかしいとは思っていた。

「これ・・・」

突然話しかけてきた全然知らないおばさんの大きな手に握られていたもの。
キツネ色の香ばしい油揚げに包まれた、1つのいなり寿司だった。

「・・・どういう意味ですか?」

「何も言わないで、受け取って欲しいの」

・・・2人の間に沈黙が訪れた。
施された・・・?そ、それって・・・
認めたくはない。絶対認めたくはないけれど・・・そういうことなんだろうな。

「頑張ってね・・・」

「い、いや・・・」

せっかくの重苦しい沈黙を破ろうとした彼女の発言を、僕は許そうとしなかった。途端に遮ってしまった。
その先に出てくる言葉を、聞いてはいけない気がしたのだ。

頑張って?何を?ちゃんと仕事を探してとでも言うつもりか?
いや、違う。このおばさんのことだ、「人生辛いこともあるだろうけど、生きてたら楽しいことも絶対あるから!んね!」、だなんて繋ぐつもりなのだろう。

格好。

これがきっと原因なんだろうな。

僕は自分の格好のために、彼女をそんなにも心配させてしまったのだろうか。きっとそうなのだろう。自分でも知らない間に。
確かに最近、ヒゲを剃る機会はめっきり減っていた。Tシャツはヨレヨレだし、胸元には変な動物がプリントされている。

「・・・ごめんなさい。でも、お願いだから、そんな可哀想な目で見ないでください。俺はホームレスなんかじゃない」

ここでこんなことを言ってしまう自分がいっそう情けない。
でも、ヘタクソでも気丈に振る舞わないと。例えばここで大泣きしてすがってしまってもそれはやっぱり違う。
なんというか、彼女の中での最後の自分を、せめて情けないホームレスだと思われたまま締めくくりたくはなかった。

彼女は去っていった。
僕はいなり寿司を眺め、それを強く強くギュッと握った。

そのいなり寿司から、なんか色んな汁があふれては消えないままに、大きなかゆみとなって僕の手の平に広がっていくのだった。

 

【おしまい】