【読み物】外科医・小野寺の苦悩とアルファベット

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(画像はイメージです)

Image from : http://news.thetv.jp/article/15865/

 

医者になって早20年、小野寺裕二はうんざりしていた。

今まで数多の患者の死をこの目で見て、実感し、受け止めてきた。
医者は多くの人の大切な大切な命を預かる。それゆえ医者という職業は地位も給与も高い。それだけ医者の存在は重宝され、またその責任も重大だ。
人の命ほど重く儚いものなどない。小野寺は、そんな命を扱う者としてこの上ないプレッシャーの中で生き続けてきた。20年も。

医者はその心1つで救世主にも殺人者にもなる。
白衣を纏った天使か、あるいは死神か。

いくら志が高くとも、知識のない医者はただの善意ある殺人者だ。小野寺はそういった医者をこれまで何人も見てきた。
患者にも慕われ、私情を一切挟まず、そしてかつ技巧のある優れた医者はこの世にどれほどいる?

小野寺とて例外ではない。
もともと人付き合いが苦手な彼にとって、患者や親族とコミュニケーションを取ることが苦痛でならなかった。

 

3ヶ月前のこと。

工事現場で負傷した作業員の手術を担当した。
鉄骨が落ちてきたことによる脳内裂傷、内臓破裂。どう見ても助かる可能性は低い。
5時間に渡る手術の末、患者は息を引き取った。

「どうして夫を助けてくれなかったんですか!
貴方が殺したのよ!貴方じゃなければきっと夫は助かってたはずよ!ううぅ・・・!」

何も言えなかった。
馬鹿みたいに泣き叫ぶ患者の妻。気持ちは分かる。だからって・・・俺に怒りをぶつけるのはやめてくれ。あの患者はほとんど瀕死、助かる見込みなんてなかった。俺ノセイジャナイ──

 

後になって看護師達に聞くと、その妻はややヒステリーなところがあったという。
しかしその件は一種のトラウマになった。患者を殺してはいけない。絶対殺してはいけない。そう思うと何も出来なくなる。
だけど、これは仕事だ。俺の仕事だ。医者として自分の職務を全うしなければ。

 

・・・

 


それから数カ月後。

 

あの件以来久しぶりの手術を担当することになった。

患者は70代前半の老婆で、潰瘍性大腸炎で内科よりも外科治療のほうがいいという判断だった。
手術を明日に控え、小野寺は患者と家族に挨拶にいった。

 

「横田さん、明日の手術を担当します小野寺です。」

「あぁどうも、母がいつもお世話になっております。」

40代の女性がお辞儀をした。患者の娘らしい。

 

患者とその娘に今回の手術の概要を伝える。こういった手術自体が久々で、時々詰まりながらもなんとか説明を終えた。

「何か質問はありませんか?」

 

・・・沈黙。

すると患者が何か言い始めた。

 

「・・・い、ぉ・・・よぉ・・・・。」

「横田さん何でしょう?」

「お母さんどうかしたの?」

娘も患者に聞く。

 

「そ、その人・・・ヤブ医者だから・・・わたし・・・・・嫌だよ・・・・その人に手術してほしくないよ・・・」

「お母さん!何言ってるの!?」

「そのお医者さん・・・・・この前・・・か、患者殺したじゃないか・・・・・・だからみんな、この人にだけは・・・手術されたくないって言ってるよ・・・・」

 

 

その時小野寺の中で何かが壊れた。

 

彼の心のなかでありとあらゆる感情が混ざり、ぐちゃぐちゃに濁った。ドス黒くどんよりを沸き上がってくる感情。

 

そして次の日、小野寺はその患者を手術中に殺した。

また医療ミス──マスコミと世間で騒いでいる間に彼は患者に投与する薬をすり替え、生命維持装置のスイッチを片っ端から切っていき、19人を葬り殺した。

逮捕された後、彼は笑いながら弁護士にこう語ったという。

 

「人というものは必ず死ぬんです。例外なく、我々の努力も周囲の祈りも押しのけて必ず平等にやってくる。その人生が長くとも短くとも、一人一人の生が意味のないものだったとは言えないでしょう。そして私達の行いも。

我々は患者に対して「延命」というものを行います。
本人の意思に関わらず、半ば強制的に生かす─これは人を無意味に苦しめて苦しめて殺すということに他ならないと思いませんか?
どう考えても苦痛しかもたらさない延命という作業を、本人の意思とは無関係に与え続け、それを止める術を本人は持たない。結局人の生き死にをどうこうしようというのは我々のエゴに過ぎないのです。

 

弁護士は不気味に語る彼に恐怖を感じた。

 

「我々医者だってただの人間です。人の生死をどうこうできるほど偉い存在ではない。多少論点は違いますけれどね。

しかも意図的に殺したとしてもそれをいくらでも隠蔽できる。違う薬を与えて殺して、ゴメンなさい、でも人間だからミスくらい誰だってするでしょ、済まされることもある。何だかなあ、という感じですよ」

 

弁護士は黙っていた。
小野寺はなおも笑いながら続ける。

 

「く、くくく・・・19人でしたっけ、僕が殺したの。それだけ人を殺めておいて何言ってんだって感じですよね。

僕が思うに、世間はもっと違うものを求めてるんじゃないでしょうか。
マスコミとか世論というのは、僕という人間をありとあらゆる点から批判しようとする。異常な事件を通して、僕の異常さを認識し実感しようとしている。まるでそうすれば自身の存在の正当性が高まるとでも言うように。『自分はあんなふうにならなくてよかった』と、安心したいんでしょう・・・?だから一人でも異常な者を見つけるとこぞって叩くんですよ。

精神異常の殺人者・・・それならもうそれでいいじゃないですか」

 

弁護士はその不気味さに圧倒され、相変わらず黙っていた。

 

「そうですね・・・じゃあこう言いましょうか。これこそ社会の求める形でしょう。

僕の好きな歌にこういうのがあるんですよ。

ある絵描きがいて、黒い猫を拾うんです。絵描きは黒猫に聖なる夜・・・ホーリーナイト(Holy Night)って名前を与える。
絵描きはその黒猫ばっかり描いてて当然売れるはすがなく、貧しさのあまり死んでしまう。

絵描きは死ぬ直前、恋人への手紙を書いて黒猫に託します。
黒猫はその手紙を恋人のもとへ届けるも、力尽きて死んでしまう。
恋人は、その黒猫の名前に1つアルファベットを加えて彼を埋めるんです。

聖なる騎士・・・ホーリーナイト(Holy Knight)

 

・・・ね?いい歌でしょ?

 

僕だって同じですよ。

病気(ill)で苦しんでる人に、同じアルファベットをプレゼントしてあげただけです。

ただ、それだけなんですよ。」

 

 

【完】

 

※フィクションです。

 

参考:BUMP OF CHICKEN「K」

ABOUTこの記事をかいた人

から揚げと音ゲーとFカップが好きな関西人。普段は塾の先生として楽しくお仕事しています。このブログではいろんなことをおもしろおかしく書くことを目標としています。 さらに詳しいプロフィールはこちら