daiとベルマークの話

小学生のころ、俺はベルマークを集めていた。

ご存じだろうか、ベルマークってやつ。
皆さんは見たことがあるだろうか。
お菓子の箱や文房具のパッケージなどについていた、あの鐘のマークである。

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ベルマークを集めると、集めた点数により、様々な商品と交換してもらえる。
1点が1円換算となり、協賛している企業の商品と引き換えられるって寸法だ。

読者の皆様の中には、通っていた小学校からベルマークを集めるように言われた方も多いだろう。
というか俺は小学生の頃学校中が集めていた。
集められたベルマークは、生徒から学校に渡り、学校から団体に渡るシステムになっている。
そして、それに応じた商品が、団体から学校に届く、と。

ざっと説明すれば、そんなシステムになっている。

 

・・・これはおかしい。

客観的に見て、明らかに一番頑張っているのに、ほとんど報われていない人間がいる。
言わずもがな、我ら生徒だ。

確かに自分の学校の設備が充実することは、いいことだ。
教室に時計がついたりみんなが一輪車を買えたりするのはいいことだけど、なんか、ねぇ。

「なんか、ねぇ」そう考えたのが、当時小学生だった俺だ。今思っても最悪のクソガキである。

 

俺はベルマークを学校に寄付しない。

周りがベルマークという名の年貢を学校に納める中、俺はあえて持っていかなかった。
周りへの反抗、ベルマークを独り占めにしたいという野心、そういったプロパガンダを胸に秘めたクソガキdaiは、自らのベルマークを死守していた。

そしてそれには、生徒からベルマークを無理に徴収しないという学校の風土も追い風になった。

これは俺のベルマークだ。
一人で集められる点数なんてたかが知れている。
それでも、皆で集めたところで、そのベルマークは避難訓練のときに先生が悪ノリしてかぶるヘルメットになるだけだ。
ロックマンに出てくる変な敵キャラがかぶってそうな黄色いヘルメットになるだけだ。

俺は自分一人で集めて、自分専用の一輪車をもらいます。もらってやる!一輪車乗れないのに!!

 

それからというもの、俺はベルマーク集めに没頭した。
お菓子を買うときは必ずベルマークがついてるかどうかで選んだし、
スーパーに行けば親に「おばあちゃんがこのチクワ大好きだよ」と嘘もついたこともある。

確かそのチクワが2点とかそこそこの点数で、当時の俺はそれに目がくらんでしまったのだ。おばあちゃんには本当に悪いことをした。

そして、俺の手持ちのベルマークが100点を超えたときの喜びは今でも覚えている。
1点2点と努力を重ねてようやくたどり着いたその地点。嬉しくないわけがなかった。
dai少年が心からの「達成感」というものを知ったのは、もしかしたらその夜が初めてだったかもしれない。

ところが、俺は人にその偉業を話さなかった。いや、話せなかった。
ベルマークを個人で集めることは、いわば学校への背信行為。それは紛れもない裏切りだ。

 

もしバレたらどうなることか。

目を閉じれば、担任の先生に耳元で「モチモチの木」を大声で朗読されるという拷問が頭に浮かんだ。

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もちろん友達にだって言えやしない。これは俺1人の戦いだ。
俺は日々の学校生活の中で、ベルマークのべの字も出さなかった。
彼らの中で俺は、当然ベルマーカー(ベルマークを集める人間)であるはずもなく、ただブランコに乗りながら誰が一番遠くまで靴を飛ばせるかを競っているやんちゃ坊主でしかなかったはずだ。

でも、それでいい。俺にはそれしかなかったし、それでよかったのだ。

 

しかしひとつ問題があるとすれば、それはうちの妹だった。

幼い妹は、紙吹雪とかチョウチョとか、そういうヒラヒラ舞うものに目がなかった。
ヤツにバレれば、せっかく集めたベルマークを窓やベランダから全部ぶちまけるに違いない。
いつもは兄妹ゲンカと言えば兄の俺に軍配が上がっていたが、あれほど妹を警戒し恐怖した時期もなかっただろう。

しかし、それだけの細心の注意も虚しく、ついにその日は来る。

「うわぁー、なにこれ!」

部屋にはいると、案の定、妹は俺が何よりも大切にしていた袋を開けていた。
言うまでもなく、中身はあのベルマーク。どどどどどど、どうしよう!?今までの苦労が・・・!

「なんかわからんけど、これキレイだから、これ1枚ちょうだい?」

「うんええよ。そのかわりもうその袋にさわっちゃアカンよ?」

「うん、わかった」

 

なんか見事にベルマーク1点で買収できた。
サンフランシスコ平和条約もビックリの交渉能力である。

ということで最大の難関であった妹を陥落した以上、もはや俺の前には何の障害もなかった。
ベルマークも、日々順調に貯まっていった。
一輪車は、たぶん1万点ぐらい溜めないといけない。長い道のりだ。
だけどこのままいけば、高校生になる頃には念願の一輪車が手に入っているはずだ。その完璧な“鐘印戦略”(ベルマーク・ストラテジー)に対し、何の疑問も抱かなかった。

 

 

 

その後

・・・

高校生のとき俺は、もちろん一輪車を手にしてはいなかった。
あれから小学校の高学年になり、中学校に入った。
当たり前のことだけど、俺の興味は色んなものにうつり、日々薄くなっていたベルマークへの関心は、いつの日か完全になくなった。

あれだけあったベルマークの行き先を、俺は今でも覚えていない。
あれだけ大事にしていたベルマークの最後を、俺は覚えていない。

俺が唯一使ったベルマーク1点分は、何でもない想い出と引き換えになったんだ。